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横浜地方裁判所 昭和61年(レ)48号 判決 1987年5月06日

控訴人 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 乙山春夫

被控訴人 神奈川リース株式会社

右代表者代表取締役 鎌野豊

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は控訴人に対して金六万七九八六円及びこれに対する昭和六〇年二月二八日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、第二審を通じて三分し、その一を被控訴人の負担、その余を控訴人の負担とする。

この判決は第二及び第四項に限り仮に執行することができる。

事実

一  控訴人の求める判決

1  原判決中、控訴人敗訴部分を取消す。

2  被控訴人は控訴人に対し金一六万〇八一一円及び内金六万〇八一一円に対する昭和六〇年二月二八日から支払いずみまで年六分の割合による金員、内金一〇万円に対する右同日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

4  仮執行宣言

二  被控訴人の求める判決

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

三  請求原因

1  控訴人は昭和五九年六月一八日、被控訴人から金二〇万円を利息年七割三分、返済期限昭和六〇年九月一五日の約定で借受け(以下、これを本件貸金という)、本件貸金の利息、元本として次記のとおり弁済した。

(1)  同年八月一日 二万一〇〇〇円

(2)  同年九月二五日 二万五〇〇〇円

(3)  同年一二月一日 二万五〇〇〇円

(4)  同年同月二八日 二〇万七六六七円

2  利息制限法所定の利率である年一割八分の割合で本件貸金の利息(適法利息)を計算のうえ、法定充当の理に従い、前記(1)ないし(4)の弁済金を弁済順にまず適法利息に充当し、適法利息を超える部分(超過利息分)を逐次元本に充当すると、前記(4)の弁済(以下、本件弁済という)により、六万一九八六円が過払いとなり、被控訴人は法律上の原因なく右金額と同額の利益を得、控訴人はこれと同額の損失を受けた。

3  そこで控訴人は被控訴人に対ししばしば右不当利得金の返還を請求したが、被控訴人は右過払いの事実を知りながら言を構えてこれを返還しないので、やむなく弁護士乙山春夫(以下、乙山弁護士という)に委任して本件訴訟を提起せざるを得ず、そのための弁護士費用として金一〇万円の支出を余儀なくされ、被控訴人のこの不当抗争により、控訴人はこれと同額の損害を受けた。

4  よって控訴人は被控訴人に対し右不当利得金六万一九八六円及びこれに対する被控訴人が悪意になった後である昭和六〇年二月二八日から支払いずみまで商事法定利率である年六分の割合による利息金、右損害賠償金一〇万円及びこれに対する不法行為の後である右同日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを請求する。

四  請求原因に対する認否

その1、2は認めるが、3は否認する。

五  抗弁

控訴人(その代理人乙山弁護士)は本件弁済により本件貸金及びその利息債権がすべて消滅し、六万一九八六円が過払いになることを知りつつ、本件弁済をなしたものである。

六  抗弁に対する認否

否認する。

七  再抗弁

控訴人は本件貸金の整理を乙山弁護士に依頼し、同弁護士は被控訴人と種々交渉していたところ、被控訴人は昭和六〇年一二月二五日ごろ、にわかに態度を硬化させて、交渉を打ち切り、控訴人本人に対し直接本件貸金を取り立てるかのような態度を示したので、乙山弁護士はなんらかの難が控訴人に及ぶのを恐れ、返還請求を後日に期して、やむなく本件弁済をなしたものである。

八  再抗弁に対する認否

否認する。

九  証拠《省略》

理由

一  請求原因1、2は当事者間に争いがない。

二  以下、抗弁について検討する。

《証拠省略》によると

1  乙山弁護士(原審及び当審における控訴人訴訟代理人)は昭和五九年一二月初旬、控訴人から被控訴人を含むいわゆるサラ金業者数社からの借入金債務の整理を依頼され、交渉及び弁済についての代理権を与えられた。

2  乙山弁護士は受任すると直ちに同年一二月四日付書面で被控訴人に対し残債権額を照会したところ、被控訴人は元本一九万五九一三円、同年同月末までの利息金一万一七五四円(合計二〇万七六六七円)と回答したので、同弁護士は同月二八日、利息制限法所定の利率により従来の弁済金(請求原因1の(1)ないし(3)の弁済金)を本件貸金の元利金に充当するとほぼ請求原因2のような過払いが生ずることを知りながら、後記経緯からやむなく、二〇万七六六七円を支払った

ことが認められ、ある事実の知、不知は代理人によって決定されるから(民法一〇一条一項)、控訴人は被控訴人主張のように六万一九八六円が過払いになることを知りつつ、本件弁済をなしたというべきである。

三  以下、再抗弁について検討する。

控訴人が昭和五九年一二月初旬、乙山弁護士に債務整理を依頼し、受任直後、同弁護士が被控訴人に債務額の照会をなしたところ、被控訴人から残債務額についての回答があったことは前記認定のとおりであり、《証拠省略》によると

1  乙山弁護士は控訴人から債務整理を受任し、被控訴人に前記債務額の照会をした後、控訴人がサラ金業者と直接交渉すれば、場合によっては業者の違法、強硬な債権取立てで被害を受け、弁護士への委任の意味がなくなるのを恐れ、控訴人に対しサラ金業者からの問い合わせに応ぜず、業者と直接交渉をしないように文書で注意した。

2  乙山弁護士は前記残債務額照会に対する被控訴人の回答を得た後、被控訴人の代表者鎌野豊(以下、鎌野という)と電話で何度か交渉したが、サラ金業者からの借人債務者が弁護士などの第三者に整理を依頼したときの対応について神奈川県貸金業者協会会報昭和五九年八月号に「サラリーローン雑考・第三者介入への対応」という論文を寄稿したことがあり、サラ金業者としてサラ金整理の弁護士に反感を持っていた鎌野は同弁護士との交渉に応じようとしないばかりか、同年一二月二五日、同弁護士に対し、貴意にはそいかねる、直接本人(控訴人)が来店して欲しい、という書面のほか「弁護士乙山春夫に告ぐ!」と題する書面(甲第四号証の二)を送りつけ、甲第四号証の二のコピーは控訴人本人にも送付し、弁護士との交渉には応ぜず、控訴人本人と交渉しようとする態度を示した。

3  甲第四号証の二には次のような記載がある(原文のまま)。

(1)  「ヘリクツ」しか言わない弁護士とは一切妥協しない

(2)  官費で二年間メシ食わせてもらったことを忘れて一人前になったと思ったら大まちがいですヨ

(3)  コテコテヘリクツ言うんじゃないってんだ!

(4)  その辺のサラ金とはちっとばかしちがうことをお忘れなく!

(5)  この手紙のコピーは直接債務者宛に送付しておく!

4  この書面を受け取り、控訴人からも右書面を受け取った旨の連絡を受けた乙山弁護士は、被控訴人が直接控訴人に本件貸金について支払いの請求をしたり、交渉をしたりすれば、弁護士が債務整理の委任を受けた意味がなくなり、また鎌野の言動などから控訴人は被控訴人から強硬な取り立てを受けるに違いないと判断して同年一二月二八日、被控訴人に対し、控訴人に直接交渉しないように書面で依頼すると同時に、被控訴人の回答どおりの金額(二〇万七六六七円)を被控訴人に送付し弁済したが、その際、被控訴人に送った書面には、取り敢えず弁済するが被控訴人の円満な処置を期待する旨を記載した

ことが認められる。

もともと民法七〇五条の非債弁済は、債務の存在しないことを知りながら弁済をするというような無意味な行為をする者は法律上保護する価値がない、ということを前提とするものであるから、本件のように弁済により過払いが生ずることを知りながら弁済をした場合でも、そのような弁済をなさざるを得ない特別な理由があり、清算、返還請求が後日に留保されている場合には弁済者を保護する必要があり、民法七〇五条の適用はないと解すべきであるが、前記認定によれば乙山弁護士がなした本件弁済にはそのような弁済をせざるを得ない特別な理由があり、清算、返還請求が後日に留保されていたものとみるのが相当である。

従って再抗弁は理由があるから抗弁は採用できない。

四  前記認定の事実及び弁論の全趣旨によると、被控訴人は過払いが生じていることを知っていたがそれ(過払い金)を控訴人に返還しようとはせず、その返還を求めるには本件訴訟提起が必要であったことが容易に推認され、乙山弁護士が控訴人の訴訟委任に基づき本件訴訟を提起し追行していることは当裁判所に顕著な事実であり、《証拠省略》によると、控訴人は本件訴訟委任につき乙山弁護士に金一〇万円の報酬支払いを約していることが認められる。

しかし控訴人の不当利得返還請求の認容額は六万一九八六円であるから、請求原因3の損害としては右認容額の約一割に当たる六〇〇〇円を相当な額と考える。

五  そうすると控訴人の本訴請求は不当利得金六万一九八六円及びこれに対する被控訴人が悪意になった後である昭和六〇年二月二八日から支払いずみまで民法所定年五分(控訴人は商事法定利率年六分を主張するが、右のような利息制限法所定の制限を超えて支払われた金員についての不当利得金の返還請求権は法律の規定によって発生するものであり、またその権利の性格からしても商事法定利率に関する商法五一四条の適用はないと解する)の割合による利息金、右損害賠償金六〇〇〇円及びこれに対する不法行為後である右同日から支払いずみまで右同割合による遅延損害金の支払いを求める範囲において理由があり、その余は失当ということになるから、これと異なる原判決を右のように変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条本文、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 上杉晴一郎 裁判官 田中優 遠藤真澄)

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